2021年夏 熱戦の裏側で

 連日の日本代表の活躍に、興奮と感動の連続だった東京オリンピック・パラリンピック。様々な場面で支えていた社員の皆さんを紹介します。

ー「何も起こらない」ためにー
仙台電力センター・塩釜電力センター対応の記録

 

 利府町にある宮城スタジアムでは、新型コロナウイルスの影響によりほとんどの会場が無観客となる中、男女サッカー10試合が有観客で開催されました。熱戦の裏側で「何も起こらず、試合終了を迎えることができる」ように電力の安定供給に使命感を燃やす皆さんがいました。

 

 

 「何よりも『何も起こらない』こと。そのために送電線パトロールや非常時の体制を万全にしていました」そう話すのは、仙台電力センター送電課の小野寺昌彦副長。「試合は夜間や休日も行われました。繁忙期、コロナ禍で分散勤務している人員をいかに配置し、やりくりするかが大変でした。試合当日は近隣の石巻電力センターからの応援を含め総勢150名体制で臨みました。また、変電課と山形電力センターからボレロ(移動事務所)を借用し待機環境を整えるなど、電力システム部門一丸となって対応することで、無事に『何も起こらず』乗り切ることができました。私を含め国際的なイベントに関わるのは初めてでしたが、供給信頼度の高い日本の電力会社としてその役割を果たすべく、メンバーそれぞれが何をすべきか考え対応できたこと、その結果、安定供給のレベルを世界にアピールできたことは大きな誇りであり、今後の国際イベントに活かせる成果だと考えています。」

 

 

   

 同センターの変電1課で対応にあたった吉田裕志さんも「期間中トラブルなく乗り切れてよかった」と胸をなでおろしていました。「試合開催時は、変電所の運用を遠隔制御ではなく、現地での直接運転に切り替えて対応しました。他課から協力を頂いたり、マイカーによる直行直帰の勤務制度等を活用して乗り切ることができました。また、今回は警察とも連携してテロ等へのセキュリティ対策にも力を入れました。変電所では、これまで常設の監視カメラを設置していましたが、敷地内の監視を強化するためWEBカメラを追加で設置するなど万全の体制を整えました。

メンバーにはより関心を持ってもらえるよう、変電タブレットやTeams等のオンラインツールを活用した情報共有もこまめに行いました。業務の諸連絡に活用するだけでなく、オリンピック関連情報の共有や閲覧をできるようにしたことで、一体感を醸成できました。」 

 

 宮城スタジアムがある利府町を管内に持つ、塩釜電力センターも全所体制でオリンピックを支えていました。「2018年9月から設備パトロールや設備の改修工事など、オリンピックに向けた対応を行っていました。2020年1月には所内で対策本部を立ち上げ、それぞれの部署で役割分担を行うなど総力を挙げて対応しました。」と教えてくれたのは、利府町出身の、配電技術サービス課・遠藤彰二さん。「コロナ禍で大会開催が不透明な中での対応は苦労しましたが、皆オリンピックを支えるんだという使命感を持って対応していました。大会期間中は、宮城支社内の各電力センターより延べ70名の応援をいただいたのも、大変ありがたかったですね。」と振り返ります。さらに「結局使わなかったのですが、オリンピック会場に入るための入構証(アクレディテーションカード)は、オリンピック対応を頑張った記念になりました。」と、嬉しそうに見せていただきました。(皆さんにお見せできないのが残念です…!)

 

 

ー「オール福島」で乗り切るー
福島電力センター 対応の記録

県営あづま球場

 

 福島市にある県営あづま球場においては、女子ソフトボールがオリンピック全競技のスタートを飾ったほか、野球の開幕ゲーム日本対ドミニカ戦など、注目度の高い試合が行われました。その裏では、福島支社・福島電力センターによる安定供給に対する万全の備えがありました。

 

 

 福島電力センター配電技術サービス課長の大川原裕行さんは、

「オリンピックの競技会場になると球場だけでなく、その周辺の系統も巡視を強化しないといけません。直前に無観客となってしまいましたが、シャトルバスのルート上や選手・観客の皆さんの宿泊場所なども停電を起こしてはなりません。そのため、球場と同じように巡視や改修を進める必要があったのですが、正確な場所に関して情報が入ってきませんでした。『おそらく宿泊施設は福島駅前のこのあたり、そうするとバスのルートはおそらくこうだろう…。』と、自分たちで予想して巡視系統を決めるしかありませんでした。

 正直、直前まで本当に開催されると確信できませんでした。それでも『系統を巡視したり、改修したりすることは、周辺に住む皆さんに電気をより安心して使ってもらうことにもつながるから、やるべきことをやっていこう。決して無駄にはならない。』このことを課の皆には伝えていました。」と振り返ります。

 

 同センター・配電テクノセンターの古内重幸副長は、当日電源車で球場近くににスタンバイしていました。

「休日も含めて、試合当日は三交代制で待機を行っていました。試合開始の3時間前には現地対応を始めるので、早い日は朝の6時には現地にいました。待機をするにあたって今回はテロ対策にも力を入れていて、電源車周辺の巡視頻度を増やしました。大きなトラブルもなく、実際に電源車を使うこともなくて済んだ、というのが何よりでしたね。県内各地から応援に入ってもらい、まさに『オール福島』で対応して乗り切った。電力センター内もそうですが、福島県内全体でのチームワークが上がったような気がしました。」

 

 

 宮城スタジアム、県営あづま球場での全試合は「何も起こらず」無事に終了。その裏側で、オリンピックを支えるんだという使命感に燃えて対応した皆さん。東北電力のDNAが脈々と息づいていることを、改めて感じることができました。

坂本社長から感謝状を贈呈

 今回のオリンピック対応を通して、電力供給に中心的な役割を果たした仙台、塩釜、福島の3電力センターに対して、その貢献を称えて坂本東北電力ネットワーク社長から感謝状が贈呈されました。

 

 各電力センターを訪問した坂本社長からは「電力は大会運営の一番の土台。設備対策や日々のパトロールに使命感・緊張感をもって対応いただき、トラブルなく終えることができた。これまでの皆さんの活躍に感謝申し上げる。得点競技では攻撃が脚光を浴びるが、勝利に結びつけるには、得点を与えない守りが重要。今回のオリンピック対応では、皆さんがしっかりと守備を固めてくれた。それが結果して、東北電力グループ・東北電力ネットワークへの信頼向上という大きな得点を得ることにつながった。ありがとう。」と感謝の思いを伝えました。

湯沢市の再生可能エネルギーをTOKYOへ!
ー「地熱」エネルギーをアスリートへ届けるー

 東京パラリンピック聖火の採火式が全国の市町村で行われる中、秋田県湯沢市では「湯沢市の再生可能エネルギーをTOKYOへ」をコンセプトに、地熱から生み出された電気でおこした火種を採取する採火式が、上の岱地熱発電所PR館前で執り行われました。採火式には佐藤湯沢市長をはじめ、採火装置を製作した湯沢翔北高校の生徒ら約60名が参加しました。当社からは上の岱地熱発電所川又所長が出席し、挨拶を行いました。

挨拶を行う川又所長

 川又所長は、「地熱のエネルギーは、再生可能エネルギーとして持続可能な社会へ貢献し、パラリンピックのコンセプトである『未来への継承』とマッチングするもの。上の岱地熱発電所から地熱の熱いエネルギーが、熱戦を繰り広げられるアスリートへ無事届けられることを祈念する。」と挨拶しました。

 

 採火装置は、湯沢翔北高校の教師および生徒17名(工業技術科5名、普通科12名)が、1964年東京オリンピックの聖火台をモチーフに製作しました。工業技術科の生徒は、地熱発電の電気からいかにして火をおこすか試行錯誤を繰り返したほか、普通科の生徒が装飾を担当したそうです。

 上の岱をはじめとした秋田県内で採火された炎は、16日に秋田市で一つに集められた後東京に送られ、パラリンピック発祥のイギリスで採火した炎と、日本国内各地で採火された炎、そしてパラリンピックを応援する人々の熱意が一つに合わさり聖火台へともされました!

 

 

※大会名称やロゴマーク等は知財保護の対象です。本記事の第三者への公開はお控えください。

イイね!
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