
シリーズ「女川再稼働」つなげ 未来へのたすき
女川2号機は11月15日18時、発電を再開しました。
BWR(沸騰水型軽水炉)プラントとして、また東日本大震災で被災した原子力発電所として、初の再稼働を成し遂げました。
東北電力では、今回の発電再開を単なる「再稼働」ではなく、発電所をゼロから立ち上げた先人たちの姿に学び、地域との絆を強め、東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を反映し、新たに生まれ変わるという決意を込めて「再出発」と位置付けています。
「再出発」を成し遂げた女川2号機は、地震・津波といった自然現象や重大事故に備えた多種多様な安全対策の強化により、東日本大震災前と比較して安全性も確実に向上しました。また、この「再出発」は、震災からの復興につながるとともに、電力の安定供給やカーボンニュートラルへの貢献にも意義のある原子力発電所の発電再開。その陰には、多くの関係者の絶え間ない、長きにわたる懸命な対応がありました。
BRIDGEではそれぞれの現場で対応をしてきたグループ社員のインタビューを、シリーズ「女川再稼働」としてお伝えします。
第1回は、歴史に残る一大プロジェクトとなった「女川再稼働」における安全対策工事、訓練対応や、そして発電所の運転に携わった発電所員の声をお届けします。
女川原子力発電所土木建築部(土木)津田課長、阿部さん
今回の一連の安全対策工事のハイライトの1つとも言える防潮堤工事。工事を担った女川原子力発電所土木建築部(土木)津田課長、阿部さんにお話を伺いました。
- 女川原子力発電所土木建築部(土木)津田課長
- 女川原子力発電所土木建築部(土木)阿部さん
防潮堤の高さ29mは「東北電力らしさ」
──再稼働への対応の中で、印象に残っている業務は何ですか。
防潮堤の工事対応ですね。基準津波の高さや規制基準で求められる高さにこだわらず「安全性に最大限配慮した防潮堤を建設する」という決定は女川原子力発電所の敷地高さにも通じる「東北電力らしさ」として誇らしく思っていますが、工事としては前例のないもので、手探りの部分も多くありました。協力会社さんも含め関係者全員で一致団結して完遂することができた時は「やっとできたな」とホッとしました。(津田課長)
防潮堤や構内の道路を始めとする土木設備の工事管理業務を担当しましたが、防潮堤が完成した瞬間が忘れられないですね。(阿部さん)
施工業者と築いた信頼関係「こっちの工事も担当してくださいよ」
──工事対応の中で気を付けていたことはありますか。
一番は「安全を確保する」ということですね。今回のような防潮堤工事の経験がないのは我々だけでなく施工に関わる方々も同じだったので、現場で作業に携わる方に事故やケガがないように細心の注意を払っていました。現地での品質検査や作業員とのコミュニケーションのため、ほとんど毎日のように現場に赴いていたのを覚えています。(津田課長)
工事対応では様々な課題が発生します。必ず一度立ち止まってしっかりと検討をしてから再開するのはもちろんのこと、立ち止まる期間をなるべく短くできるように、迅速な課題解決を心がけていました。また、現場立会などで作業員さんに構えられないよう、普段から雑談も含めてコミュニケーションを取るようにしていました。ある工事を担当していた時に前の工事の施工業者さんから「こっちの工事も担当してくださいよ」と言われたことがあり、その言葉に信頼関係を感じて嬉しかったです。(阿部さん)
──再稼働を迎えて思うことはありますか。
自分が担当した工事が少なからず再稼働に寄与していることを誇りに感じています。私は現在土木グループの中で「安定運転チーム」に所属しているので、引き続き土木サイドから安定運転を支えていきたいと思います。(阿部さん)
私が課題だと感じているのは「稼働している発電所での保守業務」を経験した人が少なくなっていることです。女川2号機が再稼働したことで、若い社員にも運転中特有の事象や対応をどんどん学んでもらえたらと思っています。安全対策設備などが増え、一概に昔の運転状態と同様に語ることはできないかもしれません。運転中のプラントから得られる経験を積み重ね、安定運転に寄与するよう一緒に成長していきたいです。今回の防潮堤工事のようなチャレンジングな仕事にもどんどん挑んでいって欲しいですね。(津田課長)
女川原子力発電所技術統括部(防災)庄司さん
安全対策工事と並行して、大規模な自然災害や重大事故発生時の対応力の維持・向上を目的として、多くの訓練を重ねてきました。訓練業務を担当している女川原子力発電所技術統括部(防災)庄司さんにお話を伺いました。
真夏のシーケンス訓練。高める『現場力』は地域のために

女川原子力発電所技術統括部(防災)庄司さん
──再稼働への対応の中で、印象に残っている業務は何ですか。
これまでの訓練の総仕上げとして実施された「シーケンス訓練」です。これは燃料装荷の前に原子力規制庁が行う「原子力規制検査」の1つで、重大事故が発生した際の対応を行う訓練です。運転員と重大事故等対応要員が手順書に従って可搬型ポンプの設置やホース接続などを行い、定められた制限時間内に操作を終えられるかを確認します。訓練は3日間で、準備や後片付けも含めると参加人数は約200人に及ぶ、大規模なものです。
──再稼働へつながる重要な訓練ですね。
はい、私は事務局として訓練実施を取りまとめる立場でしたが、準備段階から強いプレッシャーを感じていました。しかし私より更に強いプレッシャーを背負っているであろう訓練対応要員の方々のことを思い、当日の訓練が少しでもスムーズに進行できるよう、関係者との綿密な調整を心掛けながら準備にあたりました。多くの関係者をリードする必要があり、またシーケンス訓練自体も新規制基準適合後初めての対応でしたので、訓練に求められる要求事項や目指すべきゴールを丁寧に確認しながら進めました。
──実際の訓練はどうでしたか。
8月ということもあり過酷な暑さで、また関係者が多岐にわたったこともあり厳しいコメントをいただく場面もありましたが、なんとか無事に訓練を完了することができて良かったです。
──再稼働を迎えていかがですか。
震災時は女川原子力発電所の発電管理課で運転員をしていて、震災によるプラント停止を目の当たりにしていました。異動で女川原子力発電所を離れた期間もありましたが、女川2号機の新規制基準への審査対応業務にも携わってきたので、再稼働のタイミングを女川で迎えられたことは感慨深いです。
──これからの目標について教えてください。
訓練や教育を通じて対応要員の知識や技術を高めることです。地域の皆さまにも安心していただけるよう、発電所の安全や安定運転を支える「現場力」私も積極的に発信していきたいです。
女川原子力発電所発電部(発電管理)工藤部長、長田さん
安全対策工事や訓練といった再稼働に向けて繋がれてきたたすきを受け取り、それをつないでいく立場の女川原子力発電所発電部(発電管理)工藤部長、長田さんにもお話をお伺いしました。
29年ぶりの女川2号機試運転と起動。今度は部長の立場で

女川原子力発電所発電部(発電管理)工藤部長
──発電部の役割について教えてください。
発電部は女川1~3号機の運転管理および運転員の育成をしている部署で、130人を超える大所帯です。
私も20年近く運転員をやってきて、今は部長という立場で部全体を統括しています。
──停止期間中、運転員への教育はどのようなことをしていましたか。
運転員の約4割が震災後に入社した人たちで、稼働プラントの運転経験はありませんでした。同様の課題を東京電力ホールディングスや日本原電も抱えていたので、女川2号機の停止期間中は、同じ東日本の太平洋側にある福島第二原子力発電所と東海第二発電所との間で、各サイトシミュレータに集まって事故時対応のパフォーマンスを競い合う「他流試合」と称した合同訓練を開催しました。とはいえ机上やシミュレータで養えるスキルには限界がありますので、そこを補完するために社内の火力発電所や国内外で稼働している原子力発電所に運転員を派遣して実機体感研修をさせたりしました。運転員にとって、「実際に稼働しているプラントに足を運び、現場の音、振動、におい等を自分の五感で経験すること」に勝るものはありません。
──今後の運転員の教育で課題に感じていることはありますか。
2号機の運転員には、シビアアクシデント(SA)に対応するための新たな力量付与が必要だったため、なによりも優先して教育・訓練を実施してきました。さらにはプラントの再稼働を経験したことで大きな経験値を得ましたが、他号機の運転員との間に力量と経験値の差が生じてしまっていて、この差をなんとか解消したいと思っています。2号機の安定運転の維持を前提としつつ「なるべく多くの運転員に女川2号機の経験を積ませたい」と考えていますが、そのためには年間60日近くもの教育・訓練を実施し、必要な力量を取得させる必要があるので、いかにして効率的に訓練を実施していくかが今後の課題ですね。
──再稼働を迎えていかがですか。
「嬉しい」という言葉では表しきれない、感慨深い思いです。
私は1994年に女川2号機の建設所発電準備課に赴任し、試運転と営業運転開始に携わりました。まさかもう一度自分が女川2号機の再稼働対応に当たることができるとは思ってもみませんでした。再稼働対応中には、いろいろと悩む事案もあり、当時お世話になった先輩方のことを思い出し、「こんな時に先輩ならどんな判断をするだろうか」と自問する時もありました。
プラントの運転管理は、発電所の電力社員で唯一の直営業務であり、極めて大きい責任を負いますが、その分高い技術力と貴重な経験が得られるやりがいのある仕事です。これからも「最前線に立てる喜び」を後輩たちに伝えていけたらと思っています。
「安全と安心は自分たちにかかっている」福島にルーツを持つ1人として

女川原子力発電所発電部(発電管理)長田さん
──普段の業務を教えてください。
私は2019年入社で、入社以来ずっと女川2号機の運転管理業務を担当しています。
──再稼働への対応の中で、印象に残っている業務は何ですか。
約13年ぶりとなる原子炉の臨界操作を担当したことです。ずっと動いていなかった、原子炉の中性子の反応を示すパラメータの数字が徐々に上昇していくのを見て、自分が原子炉を運転していることを改めて実感しました。
また発電機併入後の出力上昇操作も同様に担当しました。上がっていく出力の表示を見ながら「発電所がやっと本来の役目を果たせるようになったんだな」と感動したことを覚えています。
──海外にも見学に行かれたと聞きました。
はい。アメリカのジョージア州で実際に稼働しているサザンニュークリア社のハッチ原子力発電所に行き、原子炉の蒸気を駆動源とするRCIC※ポンプの定期試験の様子などを見学しました。電気駆動のポンプと異なり炉蒸気による放射線量の上昇もありますし、配管を伝う熱の量は部屋が暑くなるほどでした。稼働中のプラントでしか見ることができない設備の動作や室温の変化、音や振動を五感で経験することができたのはとても有意義でした。
※Reactor Core Isolation Cooling system(原子炉隔離時冷却系)の略

ハッチ原子力発電所で蒸気駆動高圧注水系(HPCI)を現場確認している様子
──稼働中のプラントを運転するうえで気を付けていることはありますか。
リスクを考慮した初動対応をこれまで以上に行うことです。例えば空調設備の警報ひとつとっても、停止中なら室温や通常負圧に保たれている建屋の室内気圧が多少変化するというだけで済む事象が、稼働中だとプラントの運転に関わる設備の停止にまで至るおそれがあり、事態の把握や対応には正確かつ迅速な対応が求められます。運転員は常にリスクを考慮し、万が一に備える準備が必要です。私は東日本大震災当時福島県のいわき市に住んでおり、姉を頼って家族とともに東京都へ自主避難をしました。事業者としては「大したことはない」と思うような小さな事象でも、地域の方々にとっては大きな不安の種になるということを、震災当時の自主避難生活で私は身をもって感じました。「安全と安心は自分たちにかかっている」という意識を忘れず、少しの異常も見逃さない「見つける力」、「正確な運転操作を実施する力」を高めていく努力を続けていきます。
※本インタビュー2024年11月に実施しました。