シリーズ「女川再稼働」つなげ 未来へのたすき ~③ 女川地域総合事務所・グループ企業~

 悲願の再稼働を果たした女川2号機。14年ぶりの「再出発」となりました。BRIDGEでは、震災からこれまでの長い期間それぞれの現場で対応をしてきたグループ社員にインタビューを行いました。社員はどんな取り組みを、どのような思いで続けてきたのか。第3回はグループ企業の貢献、そして地域の方々との絆にフォーカスしました。

東北発電工業女川支社建設部電気課 本田課長 佐々木さん

「全体最適を目指して」苦しい工事調整に追われた日々

──再稼働への対応ではどのような業務に携わりましたか。

 新規制基準のための設備設置工事における電気関係工事の施工管理を行っていました。また、新規工事の際に障害となる既設の設備を移設する工事の施工管理を請け負って実施していました。(本田課長)

 私は東北発電工業が東京エネシスと組んだJV(共同企業体)に所属して、消火設備工事の施工管理を行っていました。(佐々木さん)

──業務の中で大変だったことは何ですか。

 消火設備の工事では動作試験に携わることが多くありましたが、そもそもの件数が多かったことに加え、設置した設備がうまく作動せず日程延期を繰り返したりして、先が見えないつらい時期がありました。何とか工期中に全ての試験を終えた時は心からほっとしました。(佐々木さん)

 安全対策工事の期間中は多くの工事調整が発生し、その対応に追われました。発電所ではたくさんの作業が同時並行で進められているので、いざ工事に取り掛かろうとすると、計画の段階ではなかった設備や足場があって工事できないということがあります。そういう場合は現地で現物を確認して事業者同士で日程や工程の調整を試みるのですが、調整は工期やコストにも影響を及ぼすため簡単に決まらないことが多かったり、時には元請である東北電力にも判断を仰いだりと、苦労が多かったです。

 あとは工事に干渉している設備をよく見たら過去に自分が取り付けたもので…(苦笑)工事のためとはいえ、自分が付けたものを自分で外すのは辛かったですね。(本田課長)

──再稼働を迎えて思うことはありますか。

 震災の年、私は東北電力に出向し、発電機を担当していました。2号機は震災の次の日が発電機併入の予定で、順調にいけば週末には発電を再開するはずでした。その矢先に起きたのが震災だったので、入社以来ずっと女川に勤務している私としては、2号機の再稼働はずっと心待ちにしていて「再稼働の暁には現場で泣いて喜ぼう」と思っていました。再稼働当日は残念ながら宿直で、自分の目で見ることは叶いませんでしたが、再稼働できて本当に良かったと思っています。(本田課長)

 入社が震災後の2012年ということもあり、これまで2号機は止まっている状態しか見てきませんでした。再稼働を無事に迎えられたことは嬉しく思っています。(佐々木さん)

 

東北発電工業女川支社

 

東北緑化環境保全女川支社安達課長 佐藤さん

13年ごしの大撤収 昼夜問わず支えた「放射線の番人」たち

──再稼働への対応ではどのような業務に携わりましたか。

 発電所内の放射線管理業務全般です。発電所内の放射線量をモニタリングして放射線の線量に応じてエリアを区画することで、汚染の拡大を防ぎつつ作業者の放射線被ばくを低減し、また万が一にも汚染されたものがエリアの外に出ないように管理する業務です。(安達課長)

──業務の中で大変だったことは何ですか。

 プラント内部で使用されたものの搬出時や、管理区域と非管理区域を隔てる壁に穴をあけたりするようなケーブル敷設工事などでは、汚染拡大防止や放射線量の正確な測定のため我々が工事へ立ち会う必要があり、その対応に追われました。特に、安全対策工事の終盤には、プラント内部で長年使用されてきた大量の足場や工具などが工事完了に伴って管理区域から日々搬出されてきたことで業務が激増しました。それらは測定や除染を終えて安全が確認されないと搬出先への移動や処分ができないので、測定業務は工期に直結しうる大変重要なものでした。(佐藤さん)

 放射線管理業務の交代勤務は通常2名1班の24時間体制で実施しています。しかし安全対策工事の終盤に激増した測定業務は通常体制での処理能力を完全に超えていたため、他グループの社員や協力企業の方にも応援要員として交代勤務へ入ってもらい、昼夜を問わずの測定対応となりました。支社では増加した労働時間の管理やメンタル面の負担軽減のため、管理職との対話をはじめとした様々なフォローを行い、社員のケアに努めました。(安達課長)

──大量の測定業務にあたっていた時はどのような気持ちでしたか。

 関係者全員が「工期を遅らせないように」という強いプレッシャーを感じていたと思います。当時はやってもやっても業務は減らず、それどころか増えていくような感じで、終わりが見えませんでした。20人ぐらいだったチームは気づけば応援者でほぼ倍になっていましたが、それでも足りないような状況でした。(佐藤さん)

──前回の原子炉起動から大きく期間が空いたことで業務に影響はありましたか。

 原子炉起動を始めとする各工程で測定すべきポイントがあるのですが、メンバーの多くが初めての経験だったので、その都度過去の資料を参照しながらの対応となりました。また、女川が停止していた13年の間に原子力に関する社会の関心は大きく高まり、放射線管理員はより厳格なふるまいを求められています。そういった意味では前回の対応を単に踏襲するのではなく、常に「あるべき姿」を考えながらの対応となりました。(安達課長)

──再稼働を迎えて思うことはありますか。

 女川2号機が再稼働したことで、放射線管理はある意味これからが本番だと思っています。これまで以上に気を引き締めて、かつ突発的な事柄にも柔軟に対応していきたいです。(安達課長)

 私は2014年に入社して以来ずっと女川で働いてきたこともあり、再稼働を迎えられたことはとても嬉しく思います。プラントが稼働したことで、新しい経験ができることに期待しています。(佐藤さん)

 

東北緑化環境保全女川支社

 

女川地域総合事務所 瀬賀課課長 田村課課長

女川町・石巻市は第2のふるさと。「顔が見える安心感」を届けたい

 

女川地域総合事務所 瀬賀課課長

 

──普段の業務では地域の方々からどのような言葉をかけられますか。

 年2回の「こんにちは訪問」を中心とした地域対応を行っていますが、「いつもありがとう」「これからも頑張ってね」「期待・応援しているよ」というお声をいただくこともありますし、時には「初歩的なミスをするな」「そもそも原子力には反対だ」といったお声もあります。地域には様々な考えを持つ方がいらっしゃって、厳しいお言葉があるのは当然ですし、地域の方々が当社や発電所に関心を持っているからこその「叱咤激励」と考えています。

──立地地域への思いを教えてください。

 震災直後の7月に転勤で女川を離れてしまい、再び女川に戻ってきたのは13年後、今年の7月のことです。女川2号機が再稼働するまでの期間のほとんどを女川以外で過ごしましたが、新潟県出身の私が震災によって自然の脅威を目の当たりにし、また同時に地域との良好な信頼関係の大切さを実感した女川町・石巻市は「第2のふるさと」と言っても過言ではありません。女川を離れていた間も時折ここには足を運び、そのたびに変わりゆく街並みや力強く前進している人達の姿に心を打たれました。

──再稼働を迎えていかがですか。

 このタイミングを女川の地で迎えられたことを幸せに感じています。再稼働の瞬間はPRセンターのモニター越しに見ていましたが、発電所の総務課で避難住民の対応をしていた震災当時のことをはじめ色々なことを思い出して、思わず目頭が熱くなったのを覚えています。

 女川2号機は再稼働という1つの節目を迎えましたが、地域対応は変わらず続きます。地域との信頼関係の維持・向上のためには、お客さまの日頃の関心事や発電所の状況に応じて、時には雑談やプライベートな話も交えながら良好なコミュニケーションを取ることが求められます。「発電所を動かしているのってこんな人なんだ」という「顔が見える安心感」を届けたいと思っています。

 

「相手の話を聴く」ことが第一歩。信頼関係の形はさまざま

 

女川地域総合事務所 田村課課長

 

──再稼働へ向けた業務の中で印象に残っていることはありますか。

 ある漁業関係者の方と関係を構築できたことですね。最初は普段の理解活動の中で単にお知らせをお届するだけの間柄だったのですが、ある時「聞きたいことがある」とのことでご自宅に上がらせていただき、そこから毎月ご自宅で長話をするようになりました。その方は原子力災害と漁業との関係や各原子力地点の動向、エネルギー事情や発電所の仕組みなどを熱心に勉強されていて、難しい質問もありましたが私も都度調べながらお答えし、次第に滞在時間が長くなって、いつしかコーヒーやお茶請けをいただくようになりました。その方の原子力に対するスタンスは「基本的に原子力には反対だが、女川町と東北電力のこれまでの関係を踏まえて反対の声はあげない。安全に運転してくれればよい」というもので、これは今も変わっていません。

 しかし、毎月訪問する関係は続いています。これも信頼関係の一つの形だと思っています。

──地域対応で大切にしていることは何ですか。

 「相手の話を聴く」ということに尽きます。地域住民の方々は考えも多様であり、各重点層の方々もそれぞれが所属する団体を率いる立場にあります。様々な形で寄せられる当社への期待や負託に応えるための第一歩がしっかりと「相手の話を聴く」ということだと考えています。

──再稼働を迎えていかがですか。

 再稼働という節目は迎えましたが、これからも使用済燃料乾式貯蔵施設等、新たな設備や施設の建設が予定されています。発電所の安全対策に終わりがないように、地域の方々とのコミュニケーションにも終わりはありません。会社が行っている取り組みやエネルギーのトピックス、全国的な原子力地点の動向などについて正確な情報をお伝えしていることがこの事務所の使命だと思っています。地域の声に耳を傾けながら、将来に向けてたすきをつないでいきたいです。

※本インタビューは2024年11~12月に実施しました。

 

イイね!
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