新体制で、使命を未来へ ~遠野・長井電力センター 歴史に幕~

 東北電力ネットワークでは、7月、労働環境の改善や人財育成がしやすい職場づくり等を目的に、岩手県の遠野電力センターと山形県の長井電力センターを、それぞれ釜石電力センターと米沢電力センターに統合しました。BRIDGEでは釜石電力センターと旧遠野電力センターを訪ね、統合に関わる社員の思いや、地域とともに歩んできた事業所の歴史を取材しました。

少人数職場特有の課題解決へ。電力センターを統合

 東北電力ネットワークの電力センターは、地域の安定供給を守る送配電事業の拠点としての役割を担っています。東北6県と新潟県に広く点在していますが、業務の効率化や外部委託の拡大などを背景に、一部の電力センターは配電部門のみからなる、少人数の職場となっています。

 少人数の職場は、当直業務にあたる頻度が高い、休日の事故対応者が確保しにくい、休暇取得が難しい時があるなど、業務負担や労働環境における特有の課題を抱えています。

 

 これらの課題を解決するため、東北電力ネットワークでは、本年7月、岩手県にある遠野電力センターと山形県にある長井電力センターをそれぞれ釜石電力センターと米沢電力センターに統合しました。

 遠野電力センター、長井電力センターが担っていた業務は、原則として統合先の電力センターが担いますが、夜間や休日の事故対応やお客さま対応については、配電パートナー契約※なども活用し、統合後も即応性を維持していくこととしています。

 東北電力ネットワークでは、持続可能な業務運営を目指すため、電力センターの統合を通じて、地域の安定供給やお客さま対応に必要な体制を確保していくこととしています。

※夜間・休日に発生する停電や設備不具合などに迅速に対応するため、地元の電気工事会社などと結ぶ委託契約

 

今回統合された電力センターの所在地

 

 

電力センター社員の声

 今回の統合について、現場の社員はどのように受け止めているのでしょうか。

 旧遠野電力センターに6月まで所属し、統合後は釜石電力センター配電課に異動となった鈴木 優汰 さんと、統合先である釜石電力センター配電課の及川 渓祐 さんに、統合前に感じていた課題や統合による変化、今後への期待を伺いました。

 

遠野への思いを胸に、更なるスキルアップに挑む

 

釜石電力センター配電課 鈴木 優汰 さん

 

 旧遠野電力センター時代は業務をかけ持ちする範囲が広く、大規模な工事の設計と保守点検作業が重なった際などは、優先順位の判断に悩みながら対応することもあり、限られた人数で対応する難しさを感じる場面もありました。また、少人数ゆえに前任者が既に別の事業所へ異動してしまっていることも多く、困った時に気軽に聞ける相手がいないという悩みもありました。

 統合後は、1人ひとりの役割分担がより明確化されることで、業務をチームで支え合いやすくなることや、現場作業も複数人で行うことで、安全面の向上はもちろん、現場で直接指導してもらえる機会が生まれることを期待しています。また事業所が管轄する地域が広くなることで、今後、旧遠野電力センターで経験したことがないような事象にも遭遇することがあると思います。そういった機会を捉え、自分のスキルアップにつなげていきたいです。

 業務を離れた場面でも、遠野のまちには多くの思い出があります。休日に市内の有名なラーメン店を訪れたり、職場のみんなで遠野名物の「バケツジンギスカン」を囲んだりしました。地元の電気工事会社の皆さんとは「顔が見える関係」で、些細なことでも気軽に相談し合ってきた経験は、私にとって大きな財産です。

 統合となったことに寂しさを覚える部分はありますが、これまでの経験やつながりを大切にしながら、今後も地域に貢献できるよう、業務に取り組んでいきたいと思います。

 

バケツジンギスカン

 

 

技術の継承に期待。新体制のパイプ役を目指して

 

釜石電力センター配電課 及川 渓祐 さん

 

 私は以前に別の事業所で少人数職場を経験していますが、休日に配電線事故が発生した際、即応できる距離にいるメンバーが少ないことが度々あり、課題を感じていました。

 釜石電力センターでは、今回の統合によって人数が19人から30人に増えました。これにより年齢層の偏りが改善されただけでなく、休日・夜間の対応体制に余裕が生まれることや、直営作業や若手育成にも、より取り組みやすくなることを期待しています。私も職場のコミュニケーションが一層活性化するよう、良きパイプ役になりたいと思っています。

 

旧遠野電力センターのあゆみ

 鈴木さんが語った地域とのつながりは、旧遠野電力センターの建物にも色濃く残されています。ここからは、地域とともに歩んできた旧遠野電力センターの歴史を振り返ります。

 

 今回、BRIDGE編集部が取材した旧遠野電力センターの建物は、1989年4月にリニューアルしたもの。趣のある建物で、電力センターとしては一風変わった見た目をしていますが、これには理由があります。

 

 リニューアル当時の遠野市は、1983年に建設省(現国土交通省)によって創設されたHOPE計画(地域住宅計画)に基づき、地域の気候風土や伝統的な文化を生かした個性豊かな住まいと街づくりを進めていました。特に、この建物がある大工町では、かつて大工や畳刺などの職人の町として発展してきた歴史を背景に、地場産の木材を活用した住宅整備を推進するとともに、景観に配慮した街並みづくりを進めていました。当時の東北電力の社内報では、建物のデザインについて、遠野市の街づくり計画と足並みを揃えたものであることが紹介されています。

(参考)Vol.350 1989年9月号|東北電力社内報

 大工町通りに面する旧遠野電力センターの東側には、吹き抜けのホールがあります。1階にはかつて電気料金の収受などを行っていたカウンターが、らせん階段でつながった2階には扉に「電気教室」と書かれた部屋などがあり、かつては営業所が地域のお客さまとのコミュニケーションの拠点となっていたことがうかがえます。

 ここ遠野の地にいつから電力会社の事業所があったのか、正確な資料を見つけることはできませんでしたが、旧遠野電力センタ―の所長室には、事業所の長い歴史を示す1枚の写真が残っていました。そこには東北電力の前身会社の1つにあたる「奥羽電燈株式会社」の文字が。この地域には、東北電力の創立前から電力会社の事業所があり、その後、東北電力、東北電力ネットワークと名を変えながら、地域の暮らしを支えてきたことが分かります。

 

撮影年不明。看板に「奥羽電燈株式会社 遠野営業所」とあることから、同社が存在していた1938年~1942年頃の写真とみられる

 

 今回、遠野、長井電力センターはそれぞれ統合となりましたが、電力の安定供給を通じて、地域の安心・安全、快適な暮らしを支え続けていくという使命は、新体制のもとで、未来へと受け継がれていきます。

 

遠野電力センター閉所式で示された「閉所宣言」

 

イイね!
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