川野邊社外取締役インタビュー ~失敗を恐れずチャレンジしよう~

 今回より、社外取締役のインタビューをシリーズでお届けしていきます。第1回は川野邊取締役に、学生時代の思い出や国鉄からJRでの経験、東北電力グループへの思いなどについてお話を伺いました。

川野邊取締役の主な経歴

2016年 6月 東日本旅客鉄道株式会社 代表取締役副社長社長補佐(全般)、鉄道事業本部長

2019年 6月 同社代表取締役副社長退任

2019年 6月 JR東日本メカトロニクス株式会社 代表取締役社長(現在は相談役)

2020年 6月 東北電力株式会社 取締役(現在にいたる)

仙台で過ごした学生時代、国鉄入社からJRへ

──学生時代を過ごされた仙台の思い出を教えてください。

 出身地である茨城県水戸市近辺の小さな町から仙台に来たのは1973年、仙台駅もまだ平屋で東北新幹線は開通していませんでした。しかし、路面電車が走り、緑が多く、山や海も近く、美味しいものもたくさんあり、住みやすい素敵な街、というのが第一印象でした。

 大学時代は硬式テニスやスキーを楽しみ、特にスキーはシーズン中の週末をほとんど山形蔵王で過ごしていました。また、長期の休みには鉄道で全国を回りました。節約のためユースホステルを利用していましたが、時には駅で寝たのもいい思い出ですね。

 

学生時代の北海道ひとり旅。利尻富士をバックに

 

 日本国有鉄道(以下、国鉄)に入社する前の1978年に宮城県沖地震が発生、私が住んでいた仙台市内のアパートも停電しました。夜中の2時か3時だったと思いますが、電気がついた瞬間に、周辺の家々から歓声が聞こえてきたのを今でもよく覚えています。当時国鉄への入社を考えていた私は、インフラを支える企業への入社の想いを強くしました。

 

──国鉄に入社された理由を教えてください。

 私は大学で機械工学を学んでいて、インフラ、特に車両工学に興味がありました。大きなプロジェクトにも携わることができるのも魅力の一つでした。

 また国鉄は全国転勤があって楽しそうというのもありました。同じところにとどまっているよりも色々なところに行きたい性分なんです。

 

 

──学生時代も含めて東北とは縁がありますが、東北にはどのような印象を持たれていますか。

 学生時代に仙台で6年、社会人になってからは盛岡に3年住みましたが、東北はとても好きですね。安心するというか、素朴で温かみがある地域ですし、住んでいる人たちも飾らなくて打ち解けやすい。

 一方でどうしても口下手というか、情報発信を少し苦手とするところがありますね。私は盛岡のリンゴがあんなに美味しいとは知りませんでしたし、市内中心部の中津川を遡上するサケの姿は大変感動的でした。いいところが沢山あるだけにPR不足は少しもったいない気がします。こういったPRを担うのも今の自分の務めのひとつかなと考えています。

 

──川野邊取締役が入社して8年後、国鉄は民営化されました。小売全面自由化、分社化と大きな変化を経験した東北電力の状況と重なる面もあります。当時の社内の雰囲気を教えてください。

 私が入社した1979年、国鉄の経営状況はどん底でしたが、それでも国鉄は潰れないと思っていました。それが潰れたということがショックでした。当時は国鉄を見限って地元の民間企業や官公庁に転職をする人も多かったのですが、新しい環境に移っても大変、かといって民営化後に健全な会社にすることができるかわからない、「去るも地獄、残るも地獄」と言われるような状態でした。

 私はJR東日本に採用されましたが、退職を余儀なくされた人もいました。分割民営化でJRになり、社員には「家族を路頭に迷わせてなるものか」との強い危機感があり、会社全体では「やれることは何でもやろう」と躍動感に溢れていました。

 

民営化の翌年、広報担当者として。バックの車両は当時のイベントでヨーロッパから来ていたオリエント急行

 

 経営陣も含め国鉄は「潰れるわけがない」と考えていたこともありますが、モータリゼーションが進展する中にあっても、国鉄はお客さまの方を向いていませんでした。ですから世の中の変化に合わせて、自らを変えることができなかったのです。「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることができるのは、変化できる者である。」ダーウィンの言った通りですね。

 

 

周遊型寝台列車「四季島」立ち上げの経験、「失敗を恐れるな」

──これまでの経験の中で印象的なお仕事について教えてください。

 様々なビックプロジェクトに携わりましたが、その中でも特に周遊型寝台列車「四季島」プロジェクトが印象に残っています。四季島は「深遊探訪(しんゆうたんぼう)」というコンセプトでお客さまに上質な旅を提供しています。最上級の部屋は3泊4日で100万円を超えるクルーズトレインです。

 

岩木山を背に走行する「四季島」

 

 四季島の最終段階で忘れられないエピソードがあります。開業4か月前くらいにある人から突然言われたのです、「このままでいくと必ず失敗しますよ」と。聞けば「四季島に携わる人それぞれが自分の仕事しか見ておらず、横の連携が取れていない。四季島のコンセプトを把握しているのも本社の一部の人だけであり、関係者全員にまで伝わっていない」と言われました。外部からグループ会社に出向にきていた方からのありがたい指摘でした。

 

 

 そこで四季島が目指すものを関係者に浸透させるために、社長をはじめ関係者およそ400人、全員を一堂に会してコンセプトの徹底、団結式などをやりました。これでお客さまと直接接点のない運転士や清掃の人も含めた全員が同じ方向を向くことができました。おかげで2017年のデビューから現在に至るまで、お客さまから「非日常を味わえる上質な旅」と好評をいただいています。

 

──様々なプロジェクトでのご経験を踏まえ、心掛けておられることはありますか。

 一言でいうと、「新しいことに失敗はつきもの。だから挑戦するうえで失敗を恐れてはいけない」ということですね。

 JR東日本メカトロニクスでも、社員には「失敗を恐れるな」と繰り返し伝えてきました。この会社はSuicaや改札機、ホームドアなど、JR東日本の駅をより便利に変えていくことが期待されている会社なので、守りに入ってはいけないのです。新しいことに挑戦して、失敗を乗り越えて実現していく、とてもワクワクして仕事ができる会社です。

 

東北電力グループに思うこと、社員へのメッセージ

──東北電力、東北電力グループへの印象はいかがですか。

 まず思うのは東北・新潟地域における東北電力の存在感の大きさです。これは鉄道とは比べものにならない。鉄道は飛行機や自動車など代わりになるものがありますが、電気にはそれがありません。自由化された今でも、なくてはならない存在だと思います。

 そして東北電力グループについては「地域に密着して貢献する企業グループ」「リスクを最小限に抑えて確実な成果を目指している堅実な企業グループ」という認識で、これは取締役就任前後で変わりないですね。

 東北電力グループのスローガン「より、そう、ちから。」。地域との関係、これまで果たしてきた役割、そして自分たちが力を発揮して東北を発展させよう、との決意が表れた分かりやすいスローガンだと思います。

 東日本大震災で私が印象的なのは、発災当日に地域の方の避難を受け入れた女川原子力発電所のエピソードです。東北電力とその発電所に対する近隣住民の心からの信頼と、そして彼らを即決で受け入れた東北電力、常日頃の地元との良好な関係がうかがえます。まさに「より、そう、ちから。」を体現するようなエピソードだと思いますね。

 

──東北電力グループの強みや魅力をあげていただくとしたら、どのようなところでしょうか。

 東日本大震災やコロナ禍、ウクライナ危機などの想定を超える環境変化を全社員の力で乗り越えてきた団結力とパワーは素晴らしいと思います。決して当たり前にできることではありません。これはぜひ誇りと自信を持って下さい。

 最近の例で言えば2年連続の赤字決算に対してどの電力会社よりも早く料金改定の申請をし、やり遂げました。これまでの「東北電力らしさ」とは少し違うかもしれませんが、私はこれも高い組織力の表れだと思っています。電力事業も自由化され、今や多くのプレイヤーがいます。その中で地元の期待に応え、いかにして東北電力グループなりの付加価値を提供してお客さまに喜んでいただけるかが勝負です。

 

 

──最後に、社員へのメッセージをお願いします。

 皆さんの中には常に様々な危険と隣り合わせで働いている方も多くいますので、まずは安全についてお話しします。危険は無限無秩序に存在しますが、安全は我々の手で創り上げていかなければなりません。一朝一夕にできるものではなく、愚直に継続して企業文化にしていかなければならないので難しい面があります。「自分は危険なことをしない」と誰もが思っています。そのような中で事故を起こさないために、どのような意識をもって行動すべきか、現場における安全上の課題は何か、などについて、現場第一線の皆さまに様々な声を上げていただき、安全について「本音で議論」して欲しいと思います。「安全とは命を守ること」、お客さまの命、仲間の命、自分の命を守るため、安全文化を皆で創り上げていきましょう。

(川野邊取締役による東北電力グループ安全講演会の様子はこちら)

 

 「よりそうnext+PLUS」では電力供給事業を東北電力グループのコア事業と定義しました。当社グループの強みを軸にして、東北発のスマート社会の実現を目指しています。白洲次郎さんの理念であった「地域貢献を最優先する」をDNAとして受け継いでいる皆さんが、どのように具現化していくのか大変楽しみにしています。新しい分野への挑戦ですから多くの失敗もあると思いますが、失敗を恐れずに、是非様々なチャレンジをして地域貢献に繋げてください。東北電力グループが原動力となって、東北・新潟を元気にしていきましょう。

 東北電力が挑むカーボンニュートラルは難しい課題ですが、これまで様々な試練を乗り越えてきた皆さんが知恵を出し合えば達成できると確信しています。ピンチは新しいことができるチャンスです。そして「やるなら楽しくやる」という気持ちで、ワクワクするようなことにチャレンジしていきましょう。

 

 


 

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