
「愚直に、強い会社へ」髙野社長の抱負
──社長に就任してのお気持ちを教えてください。
大変光栄なことだと思う反面、東北電力ネットワークには6,000人を超える社員と、それを支えるご家族の方々、さらに関係会社や協力会社の皆さんもいることを思うと、大変な重責を担う立場で、身の引き締まる思いです。これまで自治体の首長を訪問することも多く、「首長には地域住民の安全・安心な生活を支え、地域全体を成長させていく役割がある」といった覚悟を聞く機会もありました。その背景には地元住民、数千人、数万人の暮らしを背負っているという強い自負がうかがえました。私自身も今、まったく同じ心境です。

──前社長である坂本相談役からはどのような言葉をかけられましたか。
「実務はそれぞれの専門部隊にある程度委ねて、会社全体の大きなかじ取りをしてほしい」という趣旨のお話をいただきました。その言葉に対して私からは、リスペクトする先輩の後継として仕事ができることは大変光栄であり、しっかりと務める旨をお伝えしました。
──東北電力ネットワークの現在の事業環境について、どのように捉えられていますか。
東北電力ネットワークの使命は「安定供給」「カーボンニュートラルへの貢献」「収益を上げ続けること」、この3つだと考えています。
現在の状況は、その使命を果たすための投資額が膨らんでおり、ネットワーク会社としていかに効率的に収益を上げていくか、これが大きな課題となっています。まずは社員の皆さんと現状を正しく共有することが大事だと考えています。
そのうえで、コスト削減などの抑制的な打ち手だけではなく、託送利用の拡大につながる施策や新規事業に私たちは果敢に挑んでいかなければなりません。

──中長期ビジョン「よりそうnext」のターゲットである2030年代に向けて、社長としてどのような会社を目指されますか。
2020年の法的分離から5年あまりが経過し、この間さまざまに変化してきた東北電力ネットワークの事業環境は今後も変化を続けていくことが想定されます。私たちが目指すべき会社像は「事業環境に負けない強い会社」だと考えています。
まずは計画している大規模な投資案件を完遂すること、そして東北電力ネットワークグループパートナー7社※で相乗効果を発揮し、送配電事業をより効率的・安定的に運営していくことで、地域社会の安全・安心・快適な暮らしを支え、共に発展・成長する企業グループを目指していきます。
※東北電力ネットワーク、東北送配電サービス、北日本電線、通研電気工業、東北計器工業、東北エアサービス、北日本電線サービス
──社員に期待することを教えてください。
目の前の状況に左右されず、落ち着いて物事にあたってほしいと思っています。足元の状況に一喜一憂せず、状況を正しく理解して、その先を見据えて行動してもらいたいです。当然、私自身もその先頭で大いに汗をかく覚悟です。
またあわせてお願いしたいのは「他の人に関心を持つ」ということです。一人でできることには限界がありますが、組織としての総合力を発揮することで、より大きな成果を生み出すことができます。困っている人はいないか、周囲の人を頼ることはできないかなど、ぜひ広い視野で職場を見渡してコミュニケーションを取るとともに、他人への感謝の気持ちも大事にして仕事に取り組んでいただきたいと思います。
──昨年発生した能登半島地震や、山形県を中心とした大雨災害など、激甚化する自然災害に対して、会社としてどのように向き合っていきますか。
これまで私たちは東日本大震災を含めた幾多の災害を乗り越えてきました。先輩たちから伝承されてきた経験やノウハウは全国のネットワーク会社でもトップレベルです。まずはこのことについて、大いに誇りを持っていただきたいと思います。地域を支える社員とそのご家族、関係会社や協力会社の皆さんなど関係するすべての人が、ここぞという時にそれぞれの役割をしっかり果たすべく、日頃から準備・備えを怠らないことは容易なことではありません。こうした皆さんの安定供給への使命感やご苦労に対して、改めて感謝申し上げます。
近年は猛暑や局地的な大雨など作業環境が過酷になっており、安全に対する意識がこれまで以上に重要となっています。自信と誇り、そしてより高度な安全意識を持ち、一丸となって総合力を発揮して災害を乗り越える会社を目指したいと考えています。

──事業所の拠点化が進む中で、地域社会における東北電力ネットワークはどのような存在であるべきだと考えていますか。
自然災害などの際に最前線で活躍する社員の姿は地域の方々にとって本当に頼もしいものだと思いますが、それだけではなく、私たちが日頃からどのような仕事をして地域社会に貢献しているのか、東北電力ネットワークの存在価値をもっと知っていただきたいと思っています。
地域の方々との接触の際に、特に皆さんに意識してほしいことは「東北電力ネットワークの味方を作ること」です。例えば、私たちの努力だけではどうにもならない事業環境の変化に対して、制度の見直しなどを国に働き掛けていくことも必要ですが、その成否を握っているのは地域の方々の後押しの有無だと考えています。皆さん一人ひとりが地域の方々の困りごとに真摯に相談にのる、自分で対応できなければ他へつなぐといった丁寧な対応により東北電力ネットワークの存在感を高めていただきたいと思います。
「電力さん」という呼称が地域に浸透していることは誇らしいですが、「ネットワークさん」と呼んでもらえるようになったら、もっと素晴らしいなと思っています。
髙野社長の仕事の流儀
──好きな言葉や座右の銘を教えてください。
「朗らか」「謙虚」「素直」です。この3つは私が行動原則として持ち続けているものです。
「意思あれば道あり」という言葉も、大事な考え方として自分に言い聞かせています。
──仕事をする上で大切にしていることは何ですか。
「正面から受け止めて、逃げない」ということですね。かつてお世話になった上司の教えです。

──これまでで印象に残っている仕事を教えてください。
若手の頃に6年間専属的に携わった原子力訴訟の業務です。法学部を卒業したとはいえ訴訟の実務を扱うのは初めてで、弁護士との付き合い方や出張などの段取り、庶務の回し方など、多くのことを学びました。
実務の勝手が分かってきた3年目には少しモチベーションが下がった時期もあったのですが、隣の課の上司から「いつも汗かいて頑張っているな、見ているよ」という言葉をいただいて、これが再度奮い立つきっかけになりました。この言葉は今も心に残っていて、私も意識して同じような言葉を周囲にかけたこともあります。魔法の言葉だと思っています。

現在の法務室の前身の文書課時代の髙野社長(右端)
髙野社長ってどんな人?

出身:秋田県由利本荘市
趣味:落語鑑賞、鉄道旅行(乗り鉄、呑み鉄(車窓を眺めながらビールをプシュー(笑)))
最近の休みの過ごし方:一家の食材の買い出しの運転手。妻からははっきり「アッシーくん(運転手)」と言われています。
平日のランチはどこで何を:本社の食堂で弁当とサラダや炭酸水を購入し、自席で食べています。その後の15分程度の仮眠でリフレッシュしています。
マイブーム:落語の本の収集と、ふるさとである秋田の探索
健康のために心がけていること:“適量”のビールを飲むこと(笑)一人で体を動かすのがおっくうなので、娘が通っているジムに一緒に通えないか画策しています。
犬派/猫派:あえて言うなら犬派。猫は小学生の頃友人宅で激しく威嚇されて以来、いまだに苦手です。
最近嬉しかったこと:異動に際して職場の皆さんから花束をもらい、温かく送り出していただいたこと。年と共に涙腺が弱くなっています。
好きな食べ物:お寿司、ラーメン。もちろんビール付きで(笑)
苦手な食べ物:出されたものはほとんど食べますが、セロリやホヤ、レバーなど、自分から進んで頼まないものはそこそこあります。あるとき秘書の間で好物のウニが「嫌いなもの」として引継ぎされていることを知り、すぐに訂正してもらいましたが、担当秘書が変わる度に確認する癖がついてしまいました。
ストレスや疲れがたまった時の解消方法:落語を聞くこと。古典落語が多いです。何度聞いても同じ箇所で笑ってしまいます。
自分の性格を一言で:あまり動じない性格だと自分では思っています。妻からは「細かい性格」と指摘され、「周囲にウザがられていないか心配」と言われました。
呼ばれたことがあるあだ名:(小さい頃は友人から秋田特有のアクセントで)ひろみつ~↗ 、(社会人になって、落語会の打ち上げに参加した際、一緒になった落語家さんから)ビール大王(何杯もおかわりをしていたので、よほど美味しそうに飲んでいたのかもしれません)

入社6年目に出向していた「日本エネルギー法研究所」の成田理事長を仙台に迎えて
(真剣に耳を傾けていますが、左手のビールは離しません)
学生時代に熱中したこと:日常的には寄席での落語鑑賞。長期の休みには夜行普通列車やユースホステルを利用して、北海道などで鉄道旅行を楽しみました。
子供の頃の夢:小学校6年生の作文では「警察官・東北電力の偉い人になりたい」と書きました。警察官だった祖父と、電力マンだった父の影響が大きいと思います。
もしもう一度就職活動するとして、チャレンジしたい業界や会社:鉄道業界にチャレンジして、鉄道旅行などで興味深く眺めていたダイヤの編成などに関わってみたいです。私が就職した1984年は国鉄(現JR)が採用募集を中止していた時期でした。
BRIDGEで印象に残っている記事:社外取締役のインタビュー記事です。物事の視点の多様性に感心しました。また「メディア対応の極意」シリーズもいいなと思って見ていました。