
宮原取締役の主な経歴
2008年4月 宮城大学事業構想学部事業計画学科 教授、宮城大学大学院事業構想学研究科博士前期課程・博士後期課程教授
2016年4月 宮城学院女子大学現代ビジネス学部現代ビジネス学科 教授・学部長
2017年4月 宮城学院女子大学社会連携センター 部長
2018年7月 宮城大学名誉教授
2020年4月 宮城学院女子大学現代ビジネス学部現代ビジネス学科 教授
2022年3月 宮城学院女子大学名誉教授
東北・新潟地域との縁、農村での暮らし
──東北・新潟地域にかかわりを持つことになったきっかけを教えてください。
1997年に宮城大学が創設された際、スターティングメンバーのひとりとして採用されたのが始まりです。長らく生活の中心は東京だったので、仙台に来た当初は知り合いもおらず大学を中心とした関わりだけでした。ただ、両親の出身は青森県で、自分が東北にルーツを持っているという自覚はあったので、東京を離れて寂しいということはなく、むしろ仙台に来られてうれしいという気持ちで過ごしていました。
東北・新潟地域に来て印象的だったのは、特に農業や漁業に携わっている方々を中心として、季節の流れにあわせて生活していることです。その昔、とある講演会に招かれて最寄りの駅に降りた際、お迎えの方が「今日は天気がいいので人が集まらないかもしれません。すみません。」とおっしゃるんです。どういうことなのかなと思ったら実は稲刈りシーズン真っ只中で、天気がいいと皆さん稲刈りに忙しくなってしまうと(笑)都会とは違うカレンダーで動く「お米の国」に来たんだなあと実感しました。
こういう「季節や天気によって行動が大きく変わってくる」という感覚は東京あるいは仙台のような季節を感じにくい都会だと中々分からないかもしれませんが、人が自然と共に生きていくうえではとても大事なことなのではないかと思います。

──現在は山形県の高畠町にお住まいとのことですが、高畠でのお暮しはいかがですか。
農村ど真ん中の生活は、とても楽しいです。高畠町には2002年から住んでいますが、地域を守ってきた農家の方たちの話を聞き、雪深い地域の生活の知恵に触れながら過ごしています。平日は大学がある仙台(都会)での単身赴任、そして週末は自宅の畑で育てた作物を料理して食べたり、ご近所の飲み会に参加したりとメリハリがあり、充実した生活を送っています。
旅行会社勤務から研究者へ。考えるのは東北の将来
──研究の道に進まれた経緯を教えてください。
専門学校を卒業後、東京の(株)日本旅行で11年間、海外旅行の営業や添乗員などの仕事で世界の様々な地域を巡り歩き、多くの経験を得ました。
その後,大学で学びたくて退社し、明治大学の夜間部に入り、地理学を専攻しました。13歳も年下の同級生と一緒に勉強しましたが、学ぶことの楽しさに気づかされとても貴重な時間を過ごしました。
当時のゼミの先生が山岳部の部長をしていましたが、明治大学の山岳部は、植村直己さんが在籍していたことで有名です。私も、ゼミの合宿でいきなり北アルプスに連れていかれました(笑)そこで、その後の研究テーマとなる高山帯のハイマツに出会いました。明治大学の卒業論文から、東京学芸大学の大学院を経て、東京大学大学院での博士論文まで11年間、高山帯の厳しい環境の中でハイマツがどのように松ぼっくり(球果)を生産するのかを研究しました。松ぼっくりを専門に扱う研究者というのは少なくて、私が論文を発表すると世界のあちこちから連絡が来るんです。研究を通じて自分が世界と繋がっているという実感があり、とても楽しかったです。今になって振り返ると、日本旅行に勤務していた頃は自分が研究者として大学に勤めるとは思ってもみませんでした。会社を辞めて大学に入ったあの時が人生の大きな転機でしたね。
現在、松ぼっくりの研究キャリアを生かして、日本ジオパーク委員会の副委員長を務めています。自分の大学のゼミでは,学生達が地域の資源を生かした観光まちづくりの研究や、震災復興に関わる産学連携の取り組みを進めています。これまでの経験から、学生にはなるべく外に出て実際に見聞きしたものから学んでほしいと思っているので、機会を見ては積極的に地域にお邪魔させていただいて、多くの地域の人とお話をする機会が得られるようにしています。
(参考1)宮城学院女子大学現代ビジネス学科 産学連携開発商品紹介ページ
(参考2)仙台発・大人の情報誌 「りらく」2018年7月掲載記事

──東日本大震災の時は仙台にいらっしゃいましたが、当時のことで印象に残っていることはなんですか。
被害の全容が見えていくにつれ、親しくしていた沿岸部の人たちの暮らしに大きなダメージがあったことが分かり、大変な悲しみに襲われました。
また、震災直後の東北観光に対する全国的な強い自粛ムードは、長らく観光を研究していたひとりとして、自分が研究したテーマは地域の復興に何も貢献できないという無力さを感じ、当時とても悩んだのを覚えています。
しかし、被災地では生活再建がひと段落したころに人口減少が大きな課題となり、交流人口を増やすための観光の取り組みに対する注目が高まりました。コロナ禍でも改めて自粛ムードがありましたが、やはり復活してこれまで以上の盛り上がりを見せています。人間には移動や人々とのふれあいなど未知の世界や楽しいことへの根源的な欲求があって、ゆえにその時その時で形は変わるかもしれませんが、観光は滅びないんだということを実感しました。
若い研究者や地元の人たちからお話を伺うと、都会からの距離や人口の少なさといった特徴を持つ東北・新潟地域を、むしろ良い環境が残っている「暮らしやすい地域」としてポジティブに捉えていて、非常に心強く感じました。東北・新潟地域の強みを意識して、地域の将来を自分ごととして考える人たちがどんどん増えてほしいと思っています。
──現在、国の計画である東北圏広域地方計画の有識者会議の座長をされています。東北・新潟地域の将来を考えるうえでどのような課題を感じていらっしゃいますか。
東北は震災以降の人口減少により、地域の活力も失われつつあります。そういった現状を踏まえて、有識者会議では東北・新潟地域が一丸となって対応するために意見交換をしているのですが、これまでの経緯などもあって各県がどうしてもそれぞれ個別に動いてしまいがちで、なかなか「東北・新潟地域」として一体になりにくい部分があるというところに難しさを感じますね。
その点で常に東北・新潟地域全体のことを考え、力を尽くしてきた「東北電力」の存在は貴重です。

──取締役へのご就任前には当社の「東北・新潟の活性化応援プログラム」の創設にご支援いただきました。
2017年の第1回から審査員として参加しました。様々な団体の地域活性化につながる取り組みに触れる機会となり、審査はとても楽しく、また勉強になりました。
様々な制約を受ける自治体の補助金と比較すると、本プログラムは縛りが少なく、助成を受ける団体にとってとても大きな力になっていると思います。またこのプログラムができたおかげで、地元で行われている課題解決にむけた市民活動の掘り起こしが効果的にできていると感じます。
東北電力はこれだけ地域のためになることをしているのですから、この取り組みをもっと世間に知って欲しいですね。東北電力に応援された団体や地域が、今度は東北電力グループの応援団になっていくような良いサイクルが生まれたらいいなと思います。
──その後、2019年に当社の取締役に就任されました。就任を打診された時の受け止めを教えてください。
実は、最初にお話を聞いた時は、「委員会の委員」ということで、あまり深く考えていませんでしたが、改めて確認したら監査等委員会のことだったので驚きました(笑)
これまでの仕事とは全く違う世界でしたが、地域が好きなので、社員の皆さんが一所懸命仕事をする姿を拝見しながら、地域のことを一番大事にしている企業にアドバイスができて幸せだと思っています。私に声を掛けてくださった当時の皆さんの勇気に改めて感謝です(笑)
私は、東北電力初の女性取締役ですが、その後、井手取締役、植原取締役と、役員経験豊富な女性たちが社外取締役に就任されており、着々とそのラインが繋がっていることはうれしいです。また遠からず、社内の女性役員の誕生も期待しています。

東北電力グループに思うこと、社員へのメッセージ
──当社グループの強みや、魅力的に感じる点があれば教えてください。
単純ですが、私たちの生活に不可欠な電力事業をしっかりと運営していることがすごいと感じます。広いエリアに多様な電源や設備を保有していて、またそれらを正しく運用できる社員が常にいることに敬意を表します。
そして東北電力グループはどの会社も「信用できる会社」として認知されている、これも大きな強みですね。長らく東北・新潟地域に根を張って発展に尽くしてきたからこそだと思います。東北・新潟のそれぞれの地域が近代化を迎えた時、必ずそれを支える電気の力があったはずです。今年の夏に下北に出かけた際に、むつ営業所の資料で古くは“散宿所”のような地域の事業拠点があちこちにあったことを知りました。皆さんの先輩方が地域に溶け込みながら一緒になって発展を支えてきた。そういった長きにわたる積み重ねこそが、今日の東北電力グループのDNAなのでしょう。
社員の皆さんにはぜひ、会社の歴史を振り返り、この会社がどうやって地域の信頼を得てきたのか知ってほしいですね。
あとは東北電力グループの魅力というと、災害があった時に誰ともなくスイッチが入っていく、あの頼もしさですね。
能登半島地震の災害応援対応者による発表会も資料を拝見して「すごいな」と思いました。組織として、というよりも皆さんの一人一人が「何かあれば自分たちが地域を守っていくんだ」という、性別も部署も問わない強い使命感。その強い気持ちは普段だとそれぞれの胸の内に秘めているんだけど、危機に際して一気に表に出てくる、素晴らしい会社だと思います。
──「よりそうnext+PLUS」実現に向けて、社員にメッセージをお願いします。
これだけ社会が変化している中で、改めてスマート社会とは何かを一人一人が振り返ることが大事だと思います。
とはいえ「スマート社会」の生活をイメージするのってなかなか難しいですよね。例えばレストランではスマートフォンから注文できたりロボットが配膳したりしていますが、それって豊かな生活と言えるのか、みんなの心はワクワクするのかというと、そうではない気がします。東北の良さは自然の豊かさや良い意味でのアナログ感だと思います。それに便利な家電や乗り物が融合して、豊かで和やかな暮らしができたら素晴らしいと思いますね。
東北電力グループの皆さんにはぜひ自分たちの暮らしをみつめ、地域の方々の不安解消に繋がるソリューションを展開していってほしいです。
そしてもう一つ、業務に前向きに取り組んでいこうとする心やモチベーション、あるいは刻々と変化する状況にしっかり対応していこうという気持ちが湧き出る源泉が「心と体の健康」です。社内あるいはお客さまとの関係において良いコミュニケーションができるように、皆さんぜひ健康には留意してください。
東北・新潟地域という広いエリアで多様な設備を保有し、また様々なビジネスを展開できているのは、ひとえに皆さん一人一人が自分の仕事に真摯に取り組んできた結果だと思います。これからも地域になくてはならない存在で、それを基盤にしたビジネスができる、地域に根差している会社として存在し続けてほしいですね。

【バックナンバーは以下リンクから】
川野邊社外取締役インタビュー ~失敗を恐れずチャレンジしよう~
永井社外取締役インタビュー~「強くてよい会社」を目指して共に頑張ろう~
植原社外取締役インタビュー ~どんな場面でも、「想像力」を大切に~