「朝の来ない夜はない」~海輪相談役インタビュー~

 震災から10年。東北電力のトップとして震災を乗り越えた海輪相談役のインタビューを全10回シリーズで連載していきます(「公研11月号」記事を再掲載しています)

子持ちの青年部長

── 新入社員はどういった業務から仕事を覚えていくのですか?

 新入社員は全員、現場事業所に配属されました。私は水沢営業所の営業係で、お客さまの電気料金収納や電気工事業者からの申込受付などを担当しました。
 苦労したのは岩手の方言でした。年配の方だと何を言っているのかまったくわからず、何度も聞き返すことになりましたから、電話を取るのが嫌でたまりませんでした。それから、水沢は雪の深いところで、こちらにも苦戦しました。初めての冬に「長靴はあるか」と問われて見せたところ「それではダメだ。直ぐに長靴(ちょうか)を買え」と言われ、膝下まである長靴を買いました。日によってはその長靴も埋もれるほど雪も降りましたから、「何でこんな寒いところに来てしまったのか」と悔やむ日もありましたね。
 仕事で貢献した記憶はあまりないのですが、数少ない大学卒として大切に扱ってもらっていた気がします。会社もですが、労働組合、特に青年部にはお世話になりました。山登りやダンスパーティなど様々な行事に「奥さんも淋しいだろうから…」と二人で呼んでもらいました。
 独身寮に入らなかった私ですが、同年代の若手と交流を深める機会にもなりました。3年目に青年部長を務めることになるんですが、ちょうど長女が生れた時で「子持ちの青年部長」として皆さんからお祝いしてもらいました。

 

新入社員教育(建柱訓練)

── すっかり水沢に溶け込んでいますね。

 地方の事業所に行って本当に良かったと思います。あの頃は家庭電化が急速に進む時期で、営業所では「サービス訪問」というイベントがありました。大勢の所員が管内の町や村に出かけて、戸別訪問して電気の安全点検や照明器具とか小型温水器のあっせん販売をします。農家や民家も鍵などかけないのどかな時代で、留守番のおばあちゃんと話しこみ電気コタツの古いコンセントをペンチで治したり、安全ヒューズを交換したり「電気温水器が良いよ」とお薦めしたり…。
 最後には「まあ上がってけ」とお茶や時にはお酒、漬物を出してくれるお宅が多かったのも思い出です。地元の方々からは「電力さん」と親しく呼んでもらえます。古き良き時代の話かもしれませんが、「地域に信頼される良い会社に入ったんだ」との思いが深くなりました。
 現代はデジタル技術の進歩に取り残される高齢者が多くなっています。そういう方々に電気の利便性を実感していただくためには、お客さまに「寄り添った」親身なサポートが必要です。今も昔も営業の原点は変わらないと思います。

 

次回「基幹システムの設計を任される、東北・新潟地域にメリットを残す」へ続く

 

これまでの連載

第1回「2011年3月11日14時46分」

第2回「別世界で暮らしたい」

第3回「肺結核で1年半の病院通い」

第4回「二人で仙台の街を何時間も歩き回る」

第6回「基幹システムの設計を任される」「東北・新潟地域にメリットを残す」

第7回「みんなに助けられた新潟県中越沖地震」「情報伝達の壁を取り去る」

第8回「車中の仮眠なら夜明けとともに作業できる」「社員のやる気を失わせまいと考えた」

第9回「電力システム改革に抱いた懸念」「それでも地域にこだわる」

第10回「東北はもっと怒っていい」

イイね!
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