「朝の来ない夜はない」~海輪相談役インタビュー~

 東北電力のトップとして震災を乗り越えた海輪相談役のインタビューを全10回シリーズで連載していきます(「公研11月号」記事を再掲載しています)

みんなに助けられた新潟県中越沖地震

── 2007年には新潟支店長に就任されています。

 管理職として初めての現場勤務となりましたが、2週間後に新潟県中越沖地震が発生します。実はその時も東日本大震災の時と同じで地元にいませんでした。あいさつ回りが一段落して、仙台の自宅に帰省していたんです。10時過ぎに地震発生を知り、直ぐに新潟に戻ろうとしましたが、新幹線もバスも運行しておらず困っていたところ、たまたま同じタイミングで帰省していた副支店長から電話があって、彼の車──何とフェアレディZ──に同乗させてもらいました。かなりのスピードで走ったので、15時には支店対策本部に入れました。初動としては相当早かったと思います。

 

情報伝達の壁を取り去る

── 冒頭の東日本大震災当日のエピソードにも重なりますが、危機の際に幸運に助けられていますね。

 本当にその通りで、私はツイていたなと思います。この時初めて非常災害対策本部長として現場を指揮することになるんですが、本店勤務が長かったので、正直言って現場のことは良くわかっていません。その点は皆がわかっていたのでしょう。本部長の指示事項をスタッフが補ってくれたり、こちらから要請する前に本店から応援隊を派遣してくれたり、とにかく周りの人たちに助けられてばかりの本部長でした。
 一方で、素人だから見える部分もあったんです。当社は幾度も自然災害に見舞われてきましたから、すでに災害対応のレベルは高いものがありました。ただ、情報の扱いについては疑問を感じましたね。例えば、本・支店の上下間や送電・配電など部門を超えた情報の共有化はスムーズとは言い難く、「情報伝達の壁」を感じたので本部では意識的に報告させるよう促しました。
 それから、停電広報にも問題があると感じました。当時は、現場での確実な工程が確認できるまでは復旧見通しをお知らせしないことにしていたんです。でも、これは供給者目線の停電広報ですよね。今や電気がなくては何もできない時代ですから「復旧情報が早く欲しい」というお客さまの声は切実です。
 ですから、精度の低い時点でも大まかな見通しを発信して、状況に応じて随時更新する。併せて、高圧配電線など当社設備復旧とお客さまへの送電時間にはタイムラグがある、そういうことも丁寧に広報するよう指示しました。この辺は現在もっと進化していて、スマホアプリでお住まいの地区毎の情報が随時見られるようになっています。

 

次回「車中の仮眠なら夜明けとともに作業できる」へ続く

 

これまでの連載

第1回「2011年3月11日14時46分」

第2回「別世界で暮らしたい」

第3回「肺結核で1年半の病院通い」

第4回「二人で仙台の街を何時間も歩き回る」

第5回「子持ちの青年部長」

第6回「基幹システムの設計を任される」

第8回「車中の仮眠なら夜明けとともに作業できる」「社員のやる気を失わせまいと考えた」

第9回「電力システム改革に抱いた懸念」「それでも地域にこだわる」

第10回「東北はもっと怒っていい」

イイね!
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